メッセージ - C年 年間

私たちの日常生活において、火は必要不可欠なものの象徴として捉えられると思います。その意味は、使用される目的によって善悪両面を含みます。火は創造と建設の象徴となることがあります。例えば、母親は火があるからこそ美味しい食事を調理できますね。また、火の力で寒さを凌ぐことができます。しかし、一方で火災が起きた時には破壊、滅びの象徴ともなります。そのため、私たちは火の機能を適切な意味と目的に合わせて賢明に活用する必要があります。また、共に繁栄する生活のために、何が良い選択なのかを選ぶ必要があります。

今日の読まれた福音書の中で、イエスは弟子たちに対して、イエスを愛し従うことの結果について、非常に厳しい助言を与えています。 主は言われました:「私が来たのは地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか」と。これはどういう意味でしょうか。これは、主のこの世への存在と影響力、そして聖霊が信者の心に燃え上がる働きを指しています。イエスがもたらしたこの火は、破壊するためではなく、人々の心を刷新し清めるためです。イエスが世界に来られた目的は、人間の心を愛、希望、そして新しい命の炎で燃え上がらせるためです。彼は弟子たちが聖霊の力の中で生き、信仰と奉仕において燃え上がることを望んでいます。

イエスに従う者として、イエスの愛の使命を実践することは決して簡単なことではありません。イエスとその使命を選ぶことは、私たちに近い人、愛する人からも拒絶や差別、迫害を受ける覚悟を意味します。しかし、絶望したり諦めたりしてはなりません。なぜなら、神の御手は常に私たちと共にあり、その恵みで導いてくださるからです。そのため、その火を消さないでください。むしろ、私たちが出会うすべての人、特に希望と信仰を失った人々、自分を拒絶する人々に、あなたの心の中のその火を分け与えてください。キリストの愛を、私たちの信仰を証しするための力と光として、与えられた人生の召命を実践することを通して、多くの人々が神から来る救いを見ることができるように、恐れず歩みましょう。