| メッセージ - A年 年間 |
日常生活において、私たちはしばしば禁止事項(してよいこと・してはいけないこと)という形で規則や法律と接しているのではないかと思います。定められた規則や法律に対して、私たちは、それらを遵守し、規律正しく責任を持って実行していることでしょう。これは、家庭、学校、職場における調和を生み出すために重要です。では、法律や規則に従う義務は、本当に心の底から湧き上がるものなのか、それとも単なる習慣的な行動に過ぎず、心の中には特別な動機や目的はないのでしょうか。
朗読箇所の御言葉の中で、特にマタイによる福音書では、「愛が律法を完成させる」ことについて深く描かれています。山上の説教において、イエスはご自身の到来が律法を廃止するためではなく、愛の掟によってそれを完成させるためであることを強調されました。つまり、イエスは神への信仰の従順が規則や目に見える行為に留まるのではなく、愛によって変えられた心に根ざすものであることを教えられました。つまり、従順とはもはや「破らないこと」ではなく、神と隣人を愛することなのです。愛の掟を通して、イエスは私たちに、関係を回復し、自分自身と他者を神の創造物として尊重し、言葉と行いにおいて一貫した誠実さをもってそれを現すよう招いています。なぜなら、神は私たちの行いだけでなく、心に秘めているものも見ておられるからです。したがって、私たちは自分自身を刷新し、神の前で正しい人間として生きるための新たな決意と献身を新たにしなければなりません。
今日の神の御言葉を通して、私たちは皆、神の慈愛に満ちた愛の中に生き、留まるよう招かれています。なぜなら、愛の中には人間の心を変えることのできる真実があるからです。その真実は、私たちが怒りを抑えることを可能にします。それは単なる規則のためではなく、私たちが隣人を愛しているからです。私たちが心の清さを保つのは、見せかけのためではなく、自分と他者を神の創造物として尊ぶからです。私たちは恐れによってではなく、キリストの愛が私たちの中に生きているからこそ、真実を語ります。これが律法を完成させ、真の平和をもたらす愛の掟です。聖霊、すなわち知恵と分別のもとである方が、私たちに、神の愛の掟を従順に実践するために、柔らかな心、清い目、真実の口を与えてくださいますように。そしてキリストの愛が私たちのあらゆる従順を完成させ、私たちが神の御前で正しく生き、私たちの生活が神の栄光を賛美し、隣人への祝福となるように。
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