メッセージ - B年 祭祝日

「いったい、この子はどんな人になるだろうか」(ルカ1,66)

 

現代の社会の中で育てられている子供達は、「どんな人になるだろうか」と問いかける人が多いことでしょう。どんな親も、我が子が偉大な者になって欲しいという願いを込めて育てます。そのために現代の子育ては、新しいことに挑戦して、子供の成長に良いものも見出すが、子供の特徴と権利を無視する不健全な現象も現れるから、子供達の未来について心配になることは多いようです。

経済的に安定しても、親が子育てのためにお金が必要だと言って働き、0歳児を12時間も保育園に任せてもいいでしょうか。子供に嫌われないように、ある親が子供の機嫌をとって悪いことを諭すことなく、欲しいゲームを何でも買ってあげて、子供は毎日何時間も「人殺し」ゲームなどを遊んでもいいでしょうか。ある親は過去の自分に出来なかったことを、自己満足のために我が子にさせようとし、塾やクラフへ無理に行かせて、子供にストレスを与えてもいいでしょうか。子供の成功を喜ぶことも出来たことを誉めることもなく、我が子を他人と比較してより弱かったことを叱るだけでいいでしょうか。信者の中にも、神様が一番大事だと口にするが、祈り、秘跡や教会奉仕よりも、子供の勉強、クラブや趣味などを優先させて、神様のために余った時間だけの信仰生活は充分でしょうか。

洗礼者聖ヨハネの誕生について語る福音は、現代の子育てのために教えるものが沢山あると思います。洗礼者聖ヨハネの誕生は、胎内に現れる前から天使によってお告げされ、キリストの先駆者としての使命は、神様の御計画の中にあったことを示します。神様のお望みであったからこそ、聖ヨハネは、歳を過ぎた不妊の女エリザベトから生れ、天使が告げた名を頂き、キリストの先駆者と定められたのです。

したがって、福音は、この世に生れる人間がその親の望みを果たすためではなく、神様の御計画を実現するためだと教えます。神様は生まれる子供に命、人格、賜物と使命などを与えてくださいます。親は子供を産むことによって、神様の御摂理と創造の御業に参与し、神様が生まれた子供に与えられた人格と個性を尊重しながら大切に育む必要があります。家庭と社会は子育てを通して神様が子供に与えられた賜物を発揮させ、その子が自己実現のために神様から与えられた使命を果たすように助けるべきです。子育ての中では、子供が自分の創り主である神様に出会い、教会の信仰の中で救い主キリストの愛を頂くことは、子供の成長のために最も大切なことです。そうすれば、子供は神様の愛しい子供に成長していくことでしょう。