メッセージ - C年 待降節

「あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んで踊りました。(ルカ1,44)

カトリックの世界では一番多く祈られている祈りは、天使の祝詞(アヴェ・マリアの祈り)であると言います。それは、ロザリオの祈りを一環だけ唱えたら、53回も繰り返して「アヴェ・マリアの祈り」を祈ることになるわけです。この祈りの始めである、「アヴェ、マリア。恵みに満ちた方。主はあなたと共におられます。」という言葉は、御告げの時に大天使ガブリエルが神様から預かったマリア様への挨拶です。その続きである、「あなたは女の内で祝福され、御胎内の御子イエスも祝福されています。」は、本日の福音の中でエリザベトが聖霊に満たされて御訪問なさった聖母マリアに交わした挨拶の言葉に基づいています。

キリストの誕生物語は挨拶で特徴づけられます。福音の中で紹介された挨拶は、人間、また、歴史の流れを変え、永久の影響を及ぼします。大天使ガブリエルが伝える神様からの挨拶によって、マリア様は世の救い主、神の子イエス・キリストを身籠りました。本日の福音の中で、マリア様がエリザベトに挨拶した時、エリザベト自身は聖霊に満たされ、エリザベトの胎内の子(後の洗礼者ヨハネ)も喜びおどりました。その挨拶に応えたエリザベトは、マリア様を「わたしの主のお母様」と呼び、教会の聖母への信心を始めました。後に、マリア様は賛歌(挨拶)を持って、神様を誉め讃える模範を後の教会に残してくださったのです。歴史を動かすほどの力ある挨拶の言葉は、ヨハネによる福音のプロローグによると、『初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。』(ヨハネ1,1)ということにわけがあったと言います。

現在、わたしたちが生きている社会の中で挨拶は少なくなり、正式な場では、義務を果たすための機械的なものになりがちです。この環境で育てられている青少年の挨拶はますます悪くなっている現象が見られます。その結果として、今の時代は、ものに恵まれても人間関係が難しくなり、人との交わりが表面的なものになって行くから、群衆の中に居ても寂しさを感じられます。楽しむ場や道具をいくら増やしたとしても、満たされることなく、挨拶がなければ、心から喜ぶ人は少なくなって行くわけす。

信者の、神様への挨拶とは、祈りの一つです。しかし、この頃の多くの信者にとって、神様の存在は隔たりがあり、挨拶はできないほどに遠くなって行く恐れがあります。すなわち、家族の祈りがなくなって行き、個人的な祈りを忙しさの理由で忘れたりする人が増えます。その結果としては、教会離れ、御ミサへの遅れ、典礼や教会の奉仕に関わりたくないという現象が見られます。

御降誕祭に向けてわたしたちは今、マリア様のように祈りの中で神様に心の聴く体制を整え、クリスマスの挨拶は人から頂くだけではなく、主の御降誕祭の典礼の中で来られる神の子、イエス・キリストからの愛の挨拶(祝福)として頂きましょう。そして、マリア様が挨拶をして、聖霊によってエリザベトを喜びで満たしたように、わたしたちも、季節としてのクリスマスの挨拶だけではなく、どんな時にも、人を生かして、霊的に力づけるような心からの挨拶を身につけましょう。