メッセージ - A年 待降節

今日の福音朗読(マタイ24:37-44)、そして第二朗読のパウロの手紙(ローマ13:11-14a)において、中心となっているメッセージは、「目を覚ましていなさい」「眠りから覚めなさい」ということです。それは肉体的な眠りや目覚めのことではなくて、精神的あるいは霊的な目覚めのことであり、私たちが神の国の到来に敏感であるように、との勧めになっています。

神の国はもちろん見えるものではなく、またどこでどのように実現するかわからない、人の子は思いがけないときに来る(マタイ24:44)と言われています。ですから、見えないものへの感覚を研ぎ澄ますことが重要です。第一朗読のイザヤ(2:1-5)は、国が戦争の危機に直面するという厳しい状況にあって、そこには見えるはずがない、武器が必要なくなる平和のビジョンへの希望を持ちました。私たちは見えていない希望に強められ、見えてないが恵みを受けていると感じて感謝し、見えない愛を形にして自分の使命を果たします。

福音朗読で言及されているノアの時代の人々が「食べたり飲んだり、めとったり嫁いだり」という当たり前の日常的なことだけにとらわれて、洪水が襲ってくるのに気づかなかったように、私たちも目の前の見えていることだけにとらわれると、大切なものを見逃してしまうかもしれません。

馬小屋の飼い葉桶に寝かされている幼子イエスに目を向けるとき、キリスト者でなければ、そこにあどけない、無垢だが無力な赤ん坊を見るだけです。しかし、イエス・キリストを知っている者は、その赤ん坊に、貧しい人の友となり、病の人に手を差し伸べていやし、十字架の死に至るまでその行き方を貫いた姿を見出します。

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