メッセージ - B年 年間

今日の福音には、イエスが神殿の境内で弟子たちに教えている場面が描かれています。福音の中では、裕福で権力のあった律法学者とは対比的に、貧しく社会的立場も弱いやもめが如何に救いに近いかということをイエスは教えています。その中でもイエスは福音の中で1クァワドランス献金したやもめをみて、そのやもめが「誰よりもたくさん入れた」と教えています。多くの金持ちが有り余る金を入れているのに対し、やもめは生活費を全部入れたからであるとイエスは言われています。律法学者が権威を誇示していることに対し、やもめは自分の身を削りながら、自分のすべてを神に捧げたからであり、イエスはそのことをよく見ていたのだということは、福音の中からも理解することができます。

このやもめは、私たちに「献げる」ということの意味を教えているように思えます。私たちはそれぞれの時間、才能、財産を教会のため、また普段の生活においては周りの人々に捧げながら過ごしています。私たちにとって「献げる」ことは、才能の良し悪し、時間、財産の多い少ないが重要なのではなく、各々の持っているものを、神の導きに従い、出し惜しみすることなく神に献げることにあります。イエスは私たちのために自らの命を献げましたが、私たちもそれぞれの仕方で自らを献げるように招かれています。私たちがその招きに気づいたときに、自分のすべてを捧げることができるよう、祈りの中で生活をしていく必要があるのだと思います。