メッセージ - C年 降誕節

次のような話があります。めちゃくちゃな人生を送ったある若者が死んで、そのまま地獄に入りました。そして、地獄の大きな扉が閉められました。そのことを知った天国にいる家族や知り合いは、何とかして若者を地獄から救おうとしました。最初に、彼の親友が地獄に行きました。サタンに会って、地獄の扉を開けて、若者を出してくれるように頼みました。しかし、サタンはそれを許しませんでした。次に、その人の主任司祭が地獄に行きました。『私はあの人の主任司祭です。彼のことを良く知っています。確かに色々めちゃなことをしましたが、根は悪い人ではないです。もう少し時間をあげてください。私の指導の下で彼は必ず良くなります。地獄のドアを開けて、彼を出してください』とサタンに頼みました。しかし、サタンは許しませんでした。最後に、その人の母親が地獄に行きました。彼女は静かに地獄の扉に近づいて、そしてサタンに言いました『息子を出してくださいとは言いません。扉を開けて、私を中に入らせてください。息子がもう出られないなら、私が中に入ります』。たちまち地獄の大きな扉が開きました。

クリスマス、受肉の神秘は、正に、地獄に閉じ込められている私たちのところに神は救いに来てくださる。自分ではもうどうしようもない私を救うために、神は愛を持って自分もその中に入る、そういうような出来事なのです。クリスマスは、私達の想像を超える出来事です。もう救われようがない私達を救うために、神がとった大胆な行動です。神が人間となる。無限の存在が限られている時間と空間の中に入る。天地万物を造られた全能の神が、無力な一人の人間、赤ん坊として生まれる。人間を救うために。自分自身を救うことが出来ない私のために神はこの世にきたということです。何とありがたいことか。何ともったいないことか。しかし、これは神が取った最終的な大胆な行動です。人類にとっての良い知らせです。山々を巡っても、声を張り上げて世界に伝えなければならない良い知らせです。