メッセージ - B年 年間

今日の福音箇所では、重い皮膚病を患っている人が、イエスに癒される場面が描かれています。「重い皮膚病」についてレビ記13章に記述がありますが、当時こうした症状のある人は、「独りで宿営の外」で住むことを求められていました。病を負っているにも関わらず、他人が世話をしてくれる、寄り添ってくれるどころか、自分の家族や共同体から追い出されてしまっていたわけです。

そんな肉体的のみならず精神的にも大きな苦しみを負わなければならなかった人々にとって、イエスの登場は、まさに神の救いと思える出来事であったでしょう。この病を負っている人はイエスに向かって「私を清くすることがおできになります」と断言します。単に清くしてください、とお願いするのではなく、確信を持ってイエスと対面した彼の行動と信仰は、今日の福音箇所で考えるべき重要なポイントであります。

私が個人的に目を引いたのは、病を負っている人の行動・信仰は言わずもがな、彼の心の強さです。当時の常識とはいえ、病を負ってしまったことで、周りの人々から疎まれ、差別され、孤独な日々を送ることを強いられてしまった中でも、自暴自棄になることもなく、周りを恨むこともなく、また、このような人生を自分に与えた神の存在を否定することもなく、自分はいつか癒される、この苦しみから解放される時が来ると、ひたすら信じ続けていたわけです。だからこそ、イエスが現れたときには、自分が確信し続けていたその気持ちを、そのままイエスに告げることが出来たのだと思います。さて、現代を生きる私たちにも、それぞれ、悩み苦しみが尽きることなくのしかかってきます。そんな中で私たちは、この病を負っている人のように、自分を責めることなく、他人に恨みをもって攻撃してしまうことなく、神を否定することもなく、自分の信仰を持ち続け、救いを確信して過ごすことが出来るでしょうか。

病を負っている人の前に現れたイエスは、今でも、私たちのそばに常におられます。私たちの悩み、苦しみ、その全てを共に負い、共に救いの日に向かって歩んでくれています。辛い日々が続く時にこそ、共におられるイエスを頼りながら、少しずつでも前に進んでいくことが出来るように、今日の福音の言葉をしっかりと心に留めておきましょう。