メッセージ - B年 年間 |
今日の主日の福音朗読の箇所は、先々週から読まれている、ヨハネ福音書6章の続きです。
5つのパンと2匹の魚で満腹した5000人の群衆がイエスの後を追って、自分たちの先祖が出エジプトの時に荒れ野で天から降ってきたマンナを食べたように、彼らもイエスのもとにパンを求めてやってきます。しかしそれに対し、イエスは、食べたらなくなってしまうパンではなく、天からくだってきた命のパンである自分を求めるよう語ります。けれども、人々はお腹を満たしてくれるパン以上のものに心を向けることができず、つぶやいて不平を言いました。まるでお腹をすかせてモーセに不満を漏らしたイスラエルを思い出させる状況です。
このように群衆は、永遠の命を与えると言われる方に、一時的な空腹を満たすパンを求めました。また、このヨハネ福音書は、万物の根源である、人となられた神のことばについての語ることから始めますが、その命を与えるみことばであるイエスに対して、彼らは不平不満のつぶやきの言葉を投げかけました。
今、福音書の話を耳にしている私たちは、2000年後から見て、当時彼らは何もわかっていなかったんだなと、心の目が曇っているとはこういうことなのかな、と理解できますが、現在起こっていることについては、私たちも群衆と同じかもしれません。
見えている目の前のことの中に、見えない神の働きを見ることができているのか、大変な状況に振り回されて本当に大切なことを見失っていないか、神の御旨を識別できているのか、群衆の姿を他人事ではなく、謙虚に自分のこととして振り返りたいと思います。
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