メッセージ - A年 待降節

「夫ヨセフは正しい人であった。」マタ 1:19

順境の時に、他の人に対して丁寧な態度をとり、正しいと思うような行動をするのは、割合と簡単なことですが、大きな問題や困難に直面している時には、それは、随分難しくなります。けれども、私たちは、順境においてではなく、逆境において自分が本当に正しい人であるかどうかということが分かります。なぜなら、その時にこそ私たちの心の真の思いや望みによって動かされているからです。

聖ヨセフは本当に正しい人でした。彼は順境においても、逆境においても、正しいことを求めて、それを行いました。自分の花嫁が妊娠しているということを知ったヨセフはマリアに裏切られたと思ったのは当然でしょう。当時の法律によって自分の名誉を守るためにヨセフには、マリアを石で打ち殺す権利がありました。けれども、ヨセフは、自分の名誉ではなく、マリアの善を優先して考えましたので、自分の評判が悪くなっても、マリアに自由を返すために離縁することにしました。

ヨセフはどんな状況においても正しいことができたのは、神を固く信頼していたからです。いつも一緒にいてくださる神こそ、自分を守り、助けてくださると確信していたので、自分で自分を守る必要がない、ただ正しいこと、つまり神が求めておられることを行えば十分だと思っていたわけです。

このように神を信頼していたヨセフは逆に神に信頼されました。神は彼にイエスとマリアのことを任せて、彼らを守り、世話する使命を与えてくださいました。それによってヨセフは、救い主の協力者になっただけではなく、イエスと共に生きることによって救いにあずかるようになったのです。

さて、私たちは、ヨセフに見倣って、どんな状況においても神を信頼して、私たちのもとに来られるイエスを受け入れることによって、神の国の平和と喜びにあずかることができますように祈りましょう。