釈義 - B年 復活節

第一朗読(使徒言行録3・13-15,17-19)でペトロは、イスラエルの先祖たちの神がその僕イエスに栄光をお与えになった方を人々は殺してしまったが、そのことはあらかじめ、神がすべての預言者の口を通して予告しておられたメシア・イエスの苦しみであり、それが実現したのであるから、悔い改めて主なる神に立ち帰るようにと力強く説いている。第二朗読(1ヨハネ2・1-5a)では、神の赦しと救いの意志が、イエス・キリストのうちに成就され、彼は全世界の罪を償ういけにえとなったと述べられている。「神を知っている」と言いながら、神の掟(赦しと和解にもと付く隣人への愛)を守らない者は、偽り者でその人の内に真理はない、がしかし、それを守るならば、その人の内に神の愛が実現していると、わたしたち皆に啓き示されています。福音書(ルカ24・35-48)においては、復活したイエスが不安の中に恐れおののいている弟子たちの真ん中に現れ、本当に復活した証しとして、弟子たちの前で焼いた魚を食べ、そのイエス自身の口から、モーセの律法と預言者の書と詩編に書いてあることが実現したのだと説明される。弟子たちはこれらのことの証人として、エルサレムから始め全世界へ主の復活の福音宣教をするよう召命が与えられる。