メッセージ - A年 年間

福音朗読の「十人のおとめ」のたとえ話(マタイ25:1-13)から考えると、私たちは一人ひとりがそれぞれ自分のともし火をともし、自分の油を自分で準備する責任があります。最後の最後につじつま合わせをして人から油をもらって解決、というわけにはいかない、誰も私が主の婚宴の席に入れるよう手助けすることはできない。私たちは、結局、自分で自分の生き方について考えて、自分でどうするかを決めて、そして自分でそれを実行するかどうかの責任を負います。

しかし同時に、私たちは決して孤独ではありません。愚かなおとめたちも、賢いおとめたちも5人ずついて、行動を共にしています。私は私の人生に責任がある、といっても、私たちはひとりぼっちで生きているわけではありません。一緒に主の訪れを待つ同伴者がいます。

たとえ話の中では、愚かなおとめたちだけではなく、賢いおとめたちでさえも眠気がさして眠り込んでしまいます。私たちも同じです。多少人として能力や性格や業績に差があったとしても、神の目には皆変わらない、すぐに眠り込んでしまうような弱さを持った人間でしかありません。それでも、私たちはお互いに助け合いながら、励まし合いながら、油を十分に準備しているか声を掛け合って確かめ合いながら、主の訪れを待っています。

 
メッセージ - A年 年間

今日、私たちは諸聖人の祭日を迎えます。私たちは聖人たちを敬い、その信仰と愛の模範に倣います。聖人たちの生涯や伝承から学ぶべき最も大切なことは、神を愛し、隣人を愛し、どのような状況にあっても信仰と希望を失わずに生きることです。

今日の三つの朗読は、聖人とはどのような人なのか、そして私たちもどのように聖人への道を歩むことができるのかを教えてくれます。

第1朗読のヨハネの黙示録では、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違いを超えて、多くの人々が神の御前に集まっています。彼らは大きな苦難を通り抜け、神の救いにあずかった人々です。聖人とは、特別な力を持った人だけではありません。苦しみの中でも神を信頼し、信仰を守り続けた人々なのです。

第2朗読で、使徒ヨハネは私たちに語りかけます。「わたしたちが神の子と呼ばれるために、どれほど大きな愛を父からいただいたことか。」私たちは、神に愛されている神の子です。聖人になるための第一歩は、この神の愛を信じ、その愛に応えて生きることです。

そして福音朗読では、イエス様が「山上の説教」の中で、幸いな人々について語られます。心の貧しい人、悲しむ人、柔和な人、義に飢え渇く人、憐れみ深い人、心の清い人、平和を実現する人、そして義のために迫害される人。イエス様は、このような人々こそ幸いであると教えられました。

この世では、強い人、成功した人、豊かな人が「幸い」だと考えられることがあります。しかし、イエス様が示される「幸い」は、それとは違います。神に信頼し、人を愛し、赦し、苦しむ人に寄り添い、平和のために働くことにこそ、本当の幸いがあるのです。

聖人たちは、このイエス様の教えをそれぞれの生活の中で実践した人々です。私たちも、特別なことをしなくても、家庭で家族を大切にすること、困っている人を助けること、人を赦すこと、日々の祈りを大切にすることによって、聖人への道を歩むことができます。

皆さん、聖人になることは、遠い世界の話ではありません。神の愛に応えて、今日できる小さな善を行うことから始まります。今日、天の国にいるすべての聖人の取り次ぎを願いながら、私たちも神の愛に生き、イエス様の教えを実践することができますように。そしていつの日か、すべての聖人とともに、神の御前で永遠の喜びにあずかることができますように。アーメン。

 
メッセージ - A年 年間

(朗読箇所: 出エジプト22:20–26, 1テサロニケ1:5–10, マタイ22:34–40)

本日の福音の中では、イエスは私たちの信仰生活の中心となる教えを示しておられます。一人の律法学者の「律法の中でどの掟が最も重要でしょうか」という質問に対して、主が神への愛を第一の掟、隣人愛を第二の掟としてお答えになった後に、「律法全体と預言者はこの二つの掟に基づいている」と話されたお言葉は、注目に値します。

この二つは、別々の教えのように見えるかもしれません。しかし、イエスは、神への愛と隣人への愛が深く結びついていることを教えておられます。神を愛していると言いながら、苦しんでいる人々に無関心でいるなら、その愛は十分なものとは言えません。反対に、隣人を心から大切にし、その人のために行動するとき、私たちは神への愛を具体的に表しているのです。

キリスト教の教えは、この意味で、とても簡単でありながら深いものです。キリスト者として生きるために、数多くの規則をすべて覚えてから実践を始める必要はありません。その中心は、「神を愛し、隣人を愛すること」という一つの教えにまとめられます。ほかの掟は、この愛を理解し、日々の生活の中で実践するための助けとなります。愛を私たちの考え、言葉、行いの中心に置くとき、律法全体を実践することにつながるのです。

第一朗読では、外国人、孤児、寡婦など、弱い立場にある人々を大切にするよう教えられています。当時の社会では、こうした人々は十分な保護や支援を受けられないことがありました。そのため、神はご自分の民に、彼らを苦しめることなく、正義と思いやりをもって接するよう求められました。ここから、愛は家族や友人だけに向けられるものではないことが分かります。私たちは、忘れられている人、社会から取り残されている人、また自分に何も返すことのできない人にも心を向けるよう招かれています。

今日の私たちの周りにも、孤独や貧しさ、差別、さまざまな苦しみを抱えている人がいます。隣人を愛するために、いつも大きな犠牲が必要なわけではありません。相手の話をよく聞くこと、励ましの言葉をかけること、初めて会う人を温かく迎えること、困っている人に手を差し伸べることも、愛の具体的な表れです。大切なのは、私たちの愛が日々の行いを通して見えるものとなることです。

神を心から愛し、出会う一人ひとりの中に神の存在を見いだすことができますように。私たちの信仰が言葉だけにとどまらず、この世界に神の愛を伝える生きた証しとなりますように。

 
メッセージ - A年 年間

今日の第一朗読で、神はバビロニア捕囚の身となっていたユダの人々を連れ戻すために、「油を注がれた人キュロス」を遣わしたと伝えています。「私は彼の右の手を固く取り、国々を彼に従わせ……」。キュロスはユダの王でもなく、ユダヤ人でもありません。ペルシア帝国の王です。ユダヤ人にとっては、いわば「外の人」です。しかし神は、ご自分の愛する僕ヤコブの子孫、ご自身が選んだ民イスラエルを救うために、あえて他国の王を選び、その人を遣わされました。預言者イザヤがここで私たちに気づかせようとしたのは、「神の救いは普遍的なものである」ということではないでしょうか。神様から見れば、「身内」と「外部」の区別はありません。救いはすべての人に開かれているのです。

そして、すべての人が神様の前には「救いの道具」になれるということです。神はキュロスに向かって、「私はあなたに力を与えたが、あなたは知らなかった」と仰います。キュロス王は自分が知らないうちに、自分の行ったことが、実は神の救いの業の一環となっていたのです。神は、私たちが気づかない仕方で、また想定もしなかった人を通して、日々救いの業を働かれています。

その一方で、今日のマタイ福音書では、イエスが同じ同胞であるファリサイ派の人々から罠を仕掛けられる場面が伝えられています。「ローマ帝国に税金を払うべきか、払わざるべきか」という問いです。もしイエスが「税金を納めるべきだ」と答えれば、それはローマの支配を認め、神以外のものを神と宣言することになってしまいます。逆に「納めるべきではない」と否定すれば、ローマへの反逆行為となってしまいます。

この巧妙な罠に対して、イエスは硬貨に皇帝の肖像と銘があることを確認した上で、「皇帝のものは皇帝に」と答えられました。納税の問題への回答としてはこれで十分ですが、イエスはさらに言葉を付け加えられました。「そして、神のものは神に返しなさい」。

ファリサイ派の人々は、硬貨に刻まれたローマ皇帝の肖像(姿)ばかりを見ていました。しかし、自分自身こそが「神の似姿」として造られた存在であることを忘れていたのです。少なくとも、イエスを罠に陥れようとした彼らの態度は、神の似姿である人間のあるべき姿ではありませんでした。イエスは「神のものは神に」と言い添えることによって、自分を陥れようとする相手の「挑戦」を、逆に「真理に基づいて神の道を教える」チャンス、すなわち「宣教のチャンス」へと変えられたのです。相手からの挑戦、人からの厳しい言葉や批判さえも、救いの言葉を語り、正しいことを伝えるチャンスになり得るのです。そしてイエスがここで諭しているのは、税を求めるローマ人でもなく、それを徴収する徴税人でもなく、ほかならぬ自分の同胞、ユダヤ人たちでした。

10月の第3日曜日は「世界宣教の日」です。私たち一人ひとり、また教会共同体として、私たちは神の救いに招かれているだけではなく、自らが「救いの道具」となる使命を受けています。

どうぞ、私たちもイエスに倣い、現代社会の様々な困難や挑戦を「真理に基づいて神の道を教える」チャンスに変える知恵と勇気が与えられますように。そして日々の生活の中で、お互いを通して働かれる神の救いの業に気づくことができますように。日常生活の中で、時として厳しい言葉や試されるような言葉を受けるときにも、感情的にならず、落ち着いて、それを正しいことを伝えるチャンスへと変えていくことができますように、共に祈りましょう。

 

パウロと奴隷制度

はじめに

新約聖書の文章のほぼ半分は、使徒パウロに帰せられています。パウロの一つ一つの手紙が、キリスト教神学とキリスト教の信条の形成に貢献しました。そのため、私たちはローマの信徒への手紙、コリントの信徒への手紙、テサロニケの信徒への手紙、ガラテヤ書、エフェソ書、その他の手紙など、パウロの重要な著作に注目するのが普通です。しかし、この2026年の聖書週間では、キリスト者からも新約聖書の研究者からも見落とされがちな一つの手紙に目を向けたいと思います。それがフィレモンへの手紙です。この手紙は、新約聖書の中でパウロの手紙の最後に置かれています。この手紙が見落とされがちな理由は、おそらく、パウロが友人フィレモンに送った私的な手紙であり、しかも非常に短い手紙だからです(24節しかありません)。

この手紙はローマの獄中から、フリギアのコロサイの裕福な市民フィレモンに送られました。

この手紙の問題は、奴隷オネシモに関するものです。オネシモという名前は「役に立つ」という意味です。オネシモは主人のもとから逃亡し、どうにかローマまでたどり着き、そこでパウロに会ってキリスト者になりました。主人のもとから逃げる前、オネシモは主人の所有物でした。また、ローマまで行くために、おそらくお金を盗んだと思われます。オネシモの行動はすべて、主人にとって重大な違反でした。このような罪のために、オネシモは厳しく罰せられ、場合によっては死刑になる可能性もありました。フィレモンは自分の奴隷に対して完全な権限を持っていました。

しかしフィレモンは、パウロがこの私的な手紙とともにオネシモを主人のもとへ送り返すまで、オネシモについて何も知りませんでした。そのため、パウロの願いが受け入れられたのか、それとも拒まれたのかは分かりません。

1.パウロはオネシモの側に立ちます

Ὀνήσιμος(オネシモス)という名前は「役に立つ」という意味で、主人フィレモンの家での彼の役割にも、パウロに仕えたことにもよく合っています(12節)。しかし、この文脈では、オネシモは主人フィレモンにとって「役に立たない」者でした。この手紙が書かれた時、オネシモはローマでパウロと一緒にいました(13節)。そこで、投獄されていたパウロに仕えながらキリスト者になりました(11-12節)。この意味で、オネシモはパウロにとって役に立つ者でした。

ローマ法では、ローマ市民によって捕らえられた逃亡奴隷は、主人のもとへ返さなければなりませんでした。パウロはローマ市民でした。そのため、キリスト者である奴隷オネシモを、キリスト者である主人フィレモンのもとへ返さなければなりませんでした。オネシモはテキコと一緒に送られました。テキコは手紙(コロサイの信徒への手紙、フィレモンへの手紙、ラオディキアへの手紙)を届け、パウロからのメッセージを直接伝える役割もありました(コロサイ4:7-9)。こうしてパウロは、自分にとって「役に立つ」オネシモという奉仕者を失いました。しかし、オネシモの主人は、もう一度「役に立つ」キリスト者である奴隷を受け取ることになります。

2.パウロ、フィレモン、そしてオネシモ

パウロはオネシモを主人のもとへ送り返す前に、この手紙を書き、オネシモ、フィレモン、そして自分自身についての思いを表しました。

パウロは15節で、「しばらくの間、あなたからオネシモが離れていたのだと思います」と書いています。これは、オネシモが「逃げました」と直接言う代わりに、パウロが意図的に使った婉曲表現です。つまり、オネシモが逃亡奴隷だったことを表しています。

10節でパウロは、「私が鎖につながれている間に父となった、私の子を、あなたにお願いします。つまりオネシモのことです」と書いています。オネシモがキリスト者になった時、パウロは投獄されていました。本文では、オネシモが投獄された奴隷だったとは書かれていません。そのため、オネシモはパウロと同じ牢獄にいたのではないと考えられます。おそらくオネシモ自身は投獄されておらず、パウロが投獄されている間でも、彼に会うことができたのでしょう。オネシモがどのように、またなぜパウロに会ったのかは分かりません。しかし本文によれば、オネシモはパウロを通してキリスト者になりました。そのためパウロは、「私が鎖につながれている間に父となった、私の子」と言うことができます。ギリシア語の動詞 γεννάω(「父となる」)は、ここでは比喩的に使われていて、霊的な意味を持っています。つまり「人が人生の正しい道を見つけるのを助ける」という意味です。オネシモはパウロに会った時、異邦人であり、逃亡奴隷でした。

11節でパウロは、「以前はあなたにとって役に立たなかったが、今はあなたにも私にも役に立つ者です」と書いています。この文の意味は、パウロがオネシモの洗礼前と洗礼後の状態を説明するために、「役に立たない」と「役に立つ」という二つの表現を使っているため、少し分かりにくいです。オネシモがパウロにとって役に立つということ(13節)が何を意味するのかは、かなり明らかです。しかし、以前は役に立たなかった(フィレモンの家で奴隷として暮らしていた時)のに、今ではパウロだけでなくフィレモンにとっても役に立つ、とパウロが言う意味は、あまり明確ではありません。文字どおりに読むと、うまく合いません。なぜなら、奴隷であったオネシモは主人の家で仕えていたので、フィレモンにとって「役に立つ」存在だったはずだからです。しかし手紙が書かれた時、オネシモはフィレモンの家から遠く離れた逃亡奴隷でした。そのため、主人にとっては「役に立たない」状態でした。オネシモという名前は「役に立つ」という意味で、奴隷によく使われた名前でした。パウロには珍しい「役に立たない」と「役に立つ」という二つの表現は、異邦人の奴隷としてのオネシモと、キリスト者である奴隷としてのオネシモとの違いを示すために、パウロが意図的に強調として使ったものかもしれません。この解釈は、文章の後半でパウロがオネシモについて「あなたにも私にも役に立つ」と言っていることによって支えられます。オネシモは同時にパウロとフィレモンの両方に仕えることはできません。そのため、「役に立つ」という言葉を文字どおりの意味で理解するのは、あまりうまく合いません。一つの可能な解釈は、この言葉を比喩的な意味で理解するものです。つまり、新しくキリスト者になったオネシモは、パウロとフィレモンにとって、この世の現実の中でキリスト教的な価値の力を発見するための、非常に良い機会になったということです。ここから、オネシモの奴隷としての社会的な立場は、洗礼を受けても変わらなかったとしても、パウロは彼の人間としての尊厳を指摘し、それを自分の議論の大きなポイントにした、と言うことができます。

12節でパウロは、「私は彼をあなたのもとへ送り返します」と書いています。これは、帝国の法律によってローマ市民に求められていた行動でした。奴隷は主人の「所有物」であり「投資」でもあったため、ローマ法では逃亡奴隷をかくまうことが禁じられ、そのような行為は窃盗として扱われました。オネシモを主人のもとへ送り返すことは、投獄されていたローマ市民としてのパウロが果たさなければならない法的義務でした。しかしパウロは、当時の法律をただ機械的に守ったわけでもなく、破ったわけでもありませんでした。もしパウロが法的義務を果たすことだけを考えていたなら、12節は単純に「私は彼をあなたのもとへ送り返します」で終わっていたはずです。しかし、実際にはそうなっていません。12節の後半、「つまり、私自身の心をあなたに送るのです」という言葉が、奴隷制度の問題に対するキリスト教的な姿勢を示しています。パウロは奴隷オネシモを単にフィレモンへ送り返しているのではありません。キリスト者である一人の人間を送り返しているのです。法律上は逃亡奴隷であったとしても、オネシモはパウロ自身の心の一部、つまり投獄されたローマ市民パウロの心の一部だったのです。

13節でパウロは、「福音のために私が鎖につながれている間、私を助けてもらうため」と書いています。この文から、オネシモが何らかの形でパウロに仕えていたことが分かります。オネシモが具体的にどのような奉仕をしていたかは、これ以上書かれていません。13節の冒頭でパウロが「私は彼を自分のもとに置いておきたかった」と書いていることから、オネシモの奉仕はパウロにとって大きな助けであり、パウロはしばらくその助けを受けていたと考えることができます。ギリシア語の διακονέω(「人に仕える」)という言葉の意味を考えると、オネシモは食べ物やその他の必要な物など、パウロの日々の必要を整える役割を担っていた可能性があります。これはコロサイ4:9で、パウロが「この愛する、忠実な兄弟オネシモを送ります」と書いていることからも支えられます。この箇所から、オネシモをパウロの協力者の一人、あるいはテキコのようなパウロの使者と見ることはできません。オネシモがパウロの使者として仕える能力は、奴隷という身分によって制限されていました。また、逃亡奴隷であったオネシモは、使徒の使者として最も適した人物だったとは言えません。パウロは彼を「忠実な兄弟」と呼んでいます。これは、主人のもとから逃亡して以後、オネシモの人生に二つの変化が起きたことを示しています。第一に、彼は今や「兄弟」です。つまり「キリスト者」です。第二に、彼は「忠実な兄弟」です。つまり、キリスト者として信頼できる者です。これは、以前の、信頼できない逃亡奴隷という状態とは対照的です。こうしてパウロは、信頼できるキリスト者となったオネシモをフィレモンへ送り返しました。そしてパウロは、オネシモがしてくれた奉仕を大いに評価していました。

16節でパウロは、「もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、愛する兄弟として」と書いています。パウロは、オネシモの奴隷としての身分よりも、彼がキリスト者であることを大切にしています。そしてこれは、フィレモンにも同じような見方で自分の奴隷を見るようにという、かなり強い訴えです(17節)。「もはや奴隷としてではなく」という表現を、パウロがオネシモを奴隷の身分から解放するよう求めている、と文字どおりに読むことには、いくつかの問題があります。第一に、それは所有者としてのフィレモンの権限にかなり強く介入することになり、14節でパウロが示している意図とは合いません。第二に、17節でパウロはフィレモンに、オネシモを受け入れるよう直接求めていますが、解放するようには求めていません。第三に、15節と17節の文脈は、パウロの議論が社会的というより霊的な性質を持っていることを示しています。第四に、もしパウロがフィレモンにオネシモを解放するよう示唆したかったなら、「もはや奴隷としてではなく」ではなく、「もはや奴隷ではなく」と言ったはずです。第五に、21節でパウロは、17節で自分が求めている以上のことをフィレモンがすることを期待しています。ここでいう「それ以上」が何を意味するのかは分かりません。おそらく、それは奴隷であるオネシモを受け入れること、あるいは逃亡奴隷を罰する権利を放棄することを指しているのでしょう。オネシモを受け入れることが、パウロの求めていることです。一方、オネシモを解放することは、フィレモンが「それ以上」に行うことかもしれません。しかし、それはパウロが求めていることではなく、パウロ自身の確信です。

18節でパウロは、「もし彼があなたに何か悪いことをしたり、何か借りがあったりするなら」と書いています。「εἰ … τι」という「もし……何か」という構文の使い方は、オネシモがフィレモンに対して行った悪事について、パウロがどこまで知っていたのかという議論につながっています。しかし、パウロがオネシモの行動をフィレモンに対する悪事として見ていたことは明らかです。オネシモが主人に対して具体的に何をしたのかという問題は、正確な情報がないため、まだ分かっていません。二つの可能性が特に考えられます。第一に、オネシモは主人のお金を盗んで、それを持ったまま逃げたか、フィレモンの家から逃げるために主人の財産を盗んだという可能性です。これは、当時のローマで奴隷がしばしば行った犯罪だったので、十分に考えられます。オネシモがエフェソへ行く場合(約1週間分の食料が必要でした)でも、ローマまで行く場合(少なくとも2か月分の食料が必要でした)でも、多くの食料と泊まる場所が必要でした。第二に、奴隷であるオネシモは、主人の「所有物」であり「投資」でもありました。彼の日々の務めは、主人から与えられた権限に従って家で仕えることでした。主人の家を離れていることは、一種の強奪のように見なされました。つまり、主人は奴隷の奉仕の時間を奪われたことになります。W・E・オースタリーは『フィレモンへの手紙』の注解の中で、「ラビの教えによれば、再び捕らえられた逃亡奴隷は、自分が不在だった時間を埋め合わせなければならない」と書いています。

ローマ法によれば、オネシモは法律を破りました。そして当時の社会的慣習や倫理の観点からも、主人フィレモンに対して悪いことをしたことになります。