主日の朗読聖書 - B年 四旬節

テーマ:唯一神

第一朗読:     出エジプト20,1-17

わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。 (出20:2 JAS)

第二朗読:     一コリ1,22-25

しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。 (1コリ1:24 JAS)

福音朗読:     ヨハネ2,13-25

また、鳩を売る者に言われた。「それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」 (ヨハ2:16 JAS)

 
釈義 - B年 四旬節

第一朗読(出エジプト20・1-17)では、モーセを仲介者として、エジプトの奴隷状態から救い出されたイスラエルの民に「十戒」が与えられる。これは、独立して存在するのではなく、イスラエルの民と彼らを救い出した神との間で交わされる、契約のもとに、イスラエルが守るべき掟を集約したものである。これらの戒めを守るならば、祝福が与えられ、破るならば、呪い(懲らしめ)が与えられる。結果的に、イスラエルは神に対して忠実ではなかった。しかし、神はイスラエルを見捨てることなく、むしろ、その救いの意志をイエス・キリストを通して成就されようとされる。しかも、それを、第二朗読(1コリント1・22-25)で述べられているように、ユダヤ人にはつまずき、異邦人には愚かなものである、十字架につけられたキリストというかたちで成し遂げられようとなさった。福音書(ヨハネ2・13-25)においては、そのイエスの体を神殿にたとえて、壊しても三日で建て直すと言われている。これはもちろん、イエス・キリストの受難・死(十字架上の)・復活のことを言っているのであるが、彼のみではなく、彼を信じて生きる人間(神のかたどりとして造られた)すべてがそこへと招かれているのである。

 
メッセージ - B年 四旬節

 

「イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」ヨハ 2:15-16

  • 愛によって、愛のために人間を創造してくださった神は、いつも私たちと共におられるし、ご自分の愛を表わしてくださり、私たちの心の中でご自分に対する愛を起こそうとしておられます。なぜなら、神が求めておられるのは、私たち一人ひとりが愛をもって神の愛に応えることであるからです。この望みを実現するために、神はイスラエルにご自分との交わる場として神殿を建てるように命じました。
  • イエスは、神殿から商人を追い出すことによって、そこで行われていた儀式がもはや神の心に適うものではなくなっていて、本来の役割を果たしていないことを示そうとしました。当時はこのしるしを誰も読み取ることが出来ませんでしたが、神殿が生きているように見えても、実際に死んでいたという事実は、凡そ40年後、神殿が破壊されることによって明らかにされました。
  • エルサレムの神殿が壊されましたが、それを建て直す必要はありません。なぜなら、復活したイエスが、前の神殿よりも優れた、新しい神殿、つまり神の臨在、しかも、人間がどこにいても神と交わることのできる仲介者であるからです。
  • イエスは新しい神殿の役割をご自分の神秘的な体である教会によって果たしています。洗礼を受けることによって私たちは、この神秘的な体の部分、つまり細胞になり、イエスの使命にあずかるようになっています。キリストの体は滅ぼされることがないと保証されていますが、その一つ一つの細胞については同じことが言えないのですので、自分がどんな細胞であるかということについて常に見つめる必要があると思います。自分自身が、生き生きとして、体の働きを支える細胞になっているのでしょうか。それとも、死んでいるか、癌のように、自分を生かすためにこの体を利用しようとして、それを弱めるのでしょうか。キリストの体の一致を固め、その傷の治癒になっていますか。それとも、一致を壊し、新しい傷を負わせるのでしょうか。
 
主日の朗読聖書 - B年 四旬節

マルコ9・2-10
2[そのとき、] イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、3服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職 人の腕も及ばぬほど白くなった。4エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。5ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがこ こにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」6ペトロは、ど う言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。7すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する 子。これに聞け。」8弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。
9一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。10彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。

 
主日の朗読聖書 - B年 四旬節

テーマ: 神に信頼する

第一朗読:  創世記22,1-2.9a.10-13.15-18

これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。 (創世記 22:1 JAS)

第二朗読:  ローマ8,31b-34

では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう (ローマ 8:31 JAS)

福音朗読:  マルコ9,2-10

そのとき雲がわき起こってその人々をおおい、雲の中から、「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい」と言う声がした。 (マコ 9:7 JAS)